人生を表現する活動日誌

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情報社会の今だからこそ、自分なりの情報リテラシーが大切だということ

どうも、テツオ(@t_yamamomon)です。

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情報が多いから息苦しいというか何が正しくて間違いなのかわからないということを聞きます。

 

確かに情報を取り入れる媒体や手段は多くなっていて、息苦しいと感じて避けるというかシャットするっていうのも時には大切だと思うのですが僕自身の生き方としてはシャットするだけではダメだなと感じました。

 

なぜなら、僕ら特にアーティストや芸術家と呼ばれる表現者は今の社会や歴史や様々なことを学んでいくことでそこからアイディアが生まれて形になるからです。

 

あなたにとって身の回りから自然に入ってくる・取り入れる情報の存在ってなんですか?

 

自分にとってなんのための情報なのかを考える

来年の1月に舞台をやろうと考えていたり、これからもダンスだけに囚われず表現活動をしてきます。

 

創造には何かキッカケになるトリガーがあると思ってて、それが音楽なのか映像なのか写真なのかとあるニュースなのかなんて誰にも分からないわけです。

 

ってなった時に、僕らにとって情報っていうのはとても大切なものである。

 

創造するためのキッカケになったり、今創造しようとしているもののアイディアになる可能性だってあると考えたら取り入れるということの大切さっていうのが自分の中にできますよね。

 

情報をとる目的があるとそこに息苦しさを感じることもないっす。

 

何が必要で何が必要ないのかを選んでいく力

結局、息苦しさを覚えるのは息苦しいと感じるほど無駄に取り入れているからってこともありますよね。

 

それって自分に必要なものとそうじゃないものを選べる力があればまあ問題ないかな...と思うんです。

 

情報を取り入れる媒体っていろいろあるじゃあないですか?

 

だから、どこから取り入れるのかを決めておくっていうのもいいのかな☆

 

僕の知っていることなんてまだまだミジンコ程度

僕の知っていることなんてこの世界にあることと比較してもまだミジンコ程度のものなんです。

 

それを知っておくべきだし、だからこそ学んでいくことが必要なんだと分かっていれば情報っていうのも一つの知識のキッカケになる。

 

それにアイディアって外に転がっている

自分の頭の中で考えてもひらめいてこないってことは自分の頭の中にはもうアイディアないぞ〜状態。

そういう時、自分が面白いと思っている情報を取り入れている状態だったら頭の中で何かと何かがくっついてアイディアとして形を成すことだってある。

 

だからこそ情報っていうそのものを避けるのではなっく、上手に付き合う方法を自分なりに模索して取り入れていくってことが大切になってくると思うんです。

 

知っているだけではダメ!自ら行って体験体感することも大切!!

ただ情報をただ見ただけではそれは知っているだけ。

 

知識にはなるけれど知恵にはならない。

 

選び、知れたのなら自分の足を使って体験体感をしに行く。

 

日舞台の見学をしに行った時、舞台の見た目っていう部分も観察したけれどそこの空気というか環境が自分の肌にどう感じるか、そこにいる人(運営している方)はどんな方なのかっていうのも自分の目で確かめる必要があるんだと思っている。

 

知ったきになってはダメ。

 

物事ってなんでもそうだけど結構深いもの。

ちょっと囓ったくらいでわかるようなものなんてない。

 

だから、ちゃんと学んでいく姿勢がとても大切になってくる。

 

これからも日々精進!!!!!