人生を表現する活動日誌

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幸せや豊かさについて考えてみたが、それは当たり前の生活の中にあった

ども、テツオです!

先日ブログで書いたように、彼女と別れた僕は今までよりも一人で過ごす時間が多くなりました。

それは寂しい気持ちもあれば、一人の時間の贅沢さについて考えるキッカケになったりもしています。

 

先日浅草で行われたマルシェ「Bon art village」にZERO.として約15分程度の小作品を披露し、今週末は渋谷のヒカリへで同じ作品ですが「Code」をやります。

 

立て続けに作るものがあり、最近は頭の中も体もバタバタしていましたが、昨日今日は久しぶりのゆっくりタイム!

昨日は舞台を見に行き、今日は家の近くをフラフラしてカフェの中でこのブログを書いています。

 

豊かさや幸せというのは感じにいくのではなく、気づくものだった

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「幸せ」や「豊かさ」って皆さんにとって何でしょうか?

とてもポジティブな言葉なので、頭からどぶ水をかけられること!ではないはず笑

 

・幸せになりたい

・〇〇ができたら幸せになれる

 

そんな願いを持ちながら生活をしている人もいると思います。

でも、幸せってなりにいくものなのでしょうか?

なりにいこうとしているってことは、今は幸せじゃない??

 

 

今日、バタバタした日常から小休止をし散歩をしていた時、僕が歩いていた一帯は東京都は思えないような静けさの中、車を走る音や人の話し声がちらほらしていただけ。

それに今日はとっても良い天気で、寒さもあまり感じない散歩日和。

 

そんな中を散歩していた時、「あ〜幸せやな〜」「豊かやな〜」と感じたんですよね。

別に散歩中に100万円を拾ったわけでもないし、突然豪邸をプレゼントされたわけでもありません。

 

ただ、この当たり前の日常の中で今歩き、風を感じ太陽を浴びていることがとても幸せに感じたんです。

 

幸せって、掴みにいくものじゃないのかなって思いました。

幸せって日常の中にあって、ってかもう生きていることがメチャメチャありがたいことなんですよね?

 

だから、気づくものなんじゃないでしょうか?

 

みなさんはどう思いますか?

 

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