人生を表現する活動日誌

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ZERO.主宰としての役割り・責任について考えてみた

ども、テツオです!

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実は今映像作品の企画と、8月ごろに行おうと考えているZERO.の舞台の企画が進んでおります。

1月の旗揚げ公演を終えてから、新しい作品を作っていけることが僕にとっては幸せなことで、これからもずっと続けていきたいこと。

 

そんな創ることの責任について僕なりに考えてみました。

 

ZERO.の主宰としての役割り

アート集団ZERO.という集団(と言っても今は僕一人です)を作ったのは、最初は思いつきとノリでしたし、舞台を創るというのも正直ノリのようなものでした。

 

でも、こうやって1月に公演をやり終えて、僕の中でふつふつと湧いてきたのは「もっともっと作っていきたい」という感情です。

 

ZERO.という集団でしかできない表現をもっと追求していきたい。

自分たちの表現を通して何かを感じてもらいたいし、それを僕自身聞いてみたい。

 

そんな感情に出会った時に、自分の役割について考えることになりました。

常に自分自身や社会にアンテナを張り、自分が作りたい、作らなければいけないものを考え企画し形にしていくこと、それが役割りなんだと。

 

周りの信頼できる人たちとともに作っていく

僕は身体を使い踊ることはズーーーっとやってきましたが、勉強は全くしてきていません。だから、こうやって言葉にすることも苦手だし、アカデミックな会話なんて全然できません。

 

ただ、不思議なんですが、僕の周りにはなぜかアカデミックで博識な人が集まってくるんです。

僕に持っていない素晴らしいものを兼ね備えた人たちがいて、人間性も素晴らしく信頼できる人たち。

 

なんでそんな人たちが僕の周りに集まってくれるのだろう、と考えた時にそういう人たとの力を借り、時に一緒に何かを考え創造していくこと、それが僕がやるべきことなんだと思ったんです。

 

僕自身、感性は豊かでパッと思いついたことに対し行動することは早いと思っています。ただ、知識や経験が少ないからどうすれば作品として良くすることができるのか、がまだまだ甘いところ。

 

だから、素晴らしい人たちが周りにいてくれるんだと思います。

 

作り続けていく責任がある

そんな素晴らしい人たちが周りにいて、応援してくれるからこそ、僕は作り続けていく責任があるんだと思います。

 

以前旗揚げ公演で脚本を書き、一緒に演出をしてくださったハギーさんに「これからも作り続けて欲しい」と言われた。

 

主宰であるということは、関わってくれる全ての人がこころゆくままにそれぞれの役割りを全うでき、共に素晴らしいものを創ることへの責任です。

そしてそれを辞めないエネルギーと決意。

 

正直、やめようと思えばいつでも辞めれます。

 

辞めます!

 

と言えば済む話。

 

でも、辞めないのはやりたいから。

苦しい時もあるけれど、それさえも受け入れられないようであれば続けることなんてできない。

僕はそんな苦しみも辛さもちゃんと抱えて、これからもZERO.の主宰という責任を持ち進んでいこうと思う。

 

次回作は8月。

 

頑張ります!

 

▼ZERO.旗揚げ公演『ワタシ と アナタ の 間(ま)』Part1

www.youtube.com